Sustainability

サステナブル クラウドへの道

ニコラ・ペイル-モールター(Nicola Peill-Moelter)博士
2021 年 11 月 10 日

 

もし、実店舗型の会社がオンラインショッピングの普及を予測できていたとしたら?タクシー業界がライドシェアの登場を予測していたら?あるいは、サイバーセキュリティ会社がランサムウェアを予測していたら?その後の市場の変化や変革のなかでより有利なポジションを確保するためには、どうすればよかったのでしょうか?

幸い私たちは気候変動についてはこれらのケースとは異なり、気候科学者エコノミスト政策決定者による数十年に及ぶ調査と分析を基にして、低炭素社会へのパラダイムシフトが進んでいることを知っています。気候変動は地球の存続にかかわる脅威であり、あらゆる経済圏が一丸となって立ち向かわなければなりません。最新の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のレポート(第6次評価報告書)によると、最悪の事態を回避するには世界全体での温室効果ガス排出量を 2030 年までに半分に減らし、2050 年までにゼロにする必要があります。非常に難しいミッションです。犠牲や協力、戦略的な計画がなければとうてい実現できません。お客様競合他社各国政府投資家消費者による日々の取り組みは、確実に結果となって表れています。この目標に向かってともに前進するなかで、炭素は重要な指標の一つになります。非効率や無駄は、もはや許容可能な副産物ではありません。お客様がこの移行を加速するための支援として VMware が果たせる役割、また果たすべき役割はどのようなものでしょうか。

このブログシリーズのパート I では、サステナブル コンピューティングとはなにか、そしてそれがイノベーションの次なるフロンティアである理由について説明しました。今回は、サステナブル コンピューティングを実現するための戦略として、ワークロードの実行に要するエネルギーを削減し、炭素効率を向上させる方法について掘り下げます。なお、この全 3 回のブログ シリーズの最終回では、VMware で取り組んでいる革新的なサステナビリティ プロジェクトをご紹介します。

結局のところ、サステナブル コンピューティングとは、ワークロードの実行に要するエネルギーと炭素排出量を最小限に抑えることです。データセンターの効率性も重要ですが、この業界ではかなり以前に、IT 運用で消費する電力 1 ワットをサポートするためにデータセンターを 0.1 ワット未満で運用する方法をすでに見出しています。新たなイノベーションの余地が残されているのがワークロードです。ワークロードのエネルギー効率を高めるには、ビジネス要件を満たすワークロードを実行するオンプレミスとパブリッククラウドのインフラストラクチャを最小化することが必要です。また、ワークロードの炭素効率を高めるには、できる限り低炭素の電力で賄えるよう、いつ、どこでワークロードを実行するかを適切に管理する必要があります。では、これらについて詳しく見ていきましょう。

 

ワークロードのエネルギー効率を高めるための戦略

「ワークロードのエネルギー効率を高める」とは、データセンター内の IT インフラストラクチャでホストされるワークロードを実行する際、必要となるエネルギーを最小化することを意味します。ワークロードのエネルギー効率を高めるには、次の 4 つのステップを実行します。

  1. エネルギーを可視化する
  2. ホストの使用率を最大化する
  3. エネルギー効率の高い IT ハードウェアを運用する
  4. コンピュート効率に優れたアプリケーションを設計する

 

エネルギーを可視化する

マネジメントのソートリーダーであるピーター・ドラッカーの有名な言葉にあるように、測定できないものは管理できません。ワークロードのエネルギー効率を高めるには、コンテナ、ホスト、データセンターの各レベルでワークロードがどのように管理されているかを示すエネルギーの評価指標が必要です。たとえば、一般家庭でエネルギー効率を改善するのであれば、まず、各電化製品の電力消費量を調べる必要があります。そのうえで、それぞれの消費電力を節約するための方法を考えます。古い家電を新しい省エネタイプに交換する必要があるかもしれませんし、不要な照明は消す、食器がいっぱいになってから食洗器を稼働するなど、家電の使い方を見直す必要があるかもしれません。ホスト(サーバ)の場合、エネルギーはCPU、メモリ、ディスクなどのコンピュートリソースをワークロードがどの程度使用しているかを表す本質的な指標となります。家庭でのエネルギー効率を改善する場合と同様、コンテナやホストの消費エネルギーを可視化することで、対処方法を検討できるようになります。この可視化により、管理と最適化に必要な情報が得られます。これについては、あとで詳しく取り上げます。

 

ホストの使用率を最大化する

仮想化する前は、物理サーバ 1 台につき 1 つのアプリケーションを実行するのがベストプラクティスとされていました。そのため、通常はサーバの使用率がわずか 5 ~ 15% にしかならず、大量のエネルギーが無駄になっていました。経済的にも、環境的にも大きな損失です。仮想化はサーバの使用率を向上させ、より密な統合を可能にしています。その結果、データセンターの電力消費量は世界規模で大幅に減少しています。しかしながら、今日の多くのサーバは 20 ~ 25% の使用率で稼働しており、まだまだ改善の余地が残されています。主なイノベーション機会は次のとおりです。

  1. 「クラウドシェアリング」を有効にして、予備のキャパシティを一時的なワークロードや処理時間の要求があまり厳しくないワークロードで有効に活用する
  2. オーバーサイジング状態で、現在は有効に活用されていない(いわゆる「ゾンビ」)仮想マシン、コンテナ、サーバのキャパシティを回収する
  3. ハイブリッドクラウドやパブリッククラウドへのバーストを利用することで、オンデマンドのピークキャパシティとバックアップキャパシティを提供し、お客様がオンプレミスインフラストラクチャを縮小して使用率を高められるようにする

これらのイノベーションは、生産性とサステナビリティを高めると同時に、パフォーマンスと可用性の要件も満たします。

 

エネルギー効率の高いハードウェアを運用する

ムーアの法則デナードスケーリング(比例縮小則)のとおり、SSDなどの技術イノベーションとチップ製造における進歩のおかげで、コンピューターは世代を増すごとに性能が向上してきた一方で、消費電力は以前と同レベルを維持しています。思い出してみてください。(ある程度の年齢の方ならご存じかと思いますが)90 年代のデスクトップ コンピューターとモニターは 400 ワットもの電力を消費していました。現在のノートパソコンの電力消費量は 50 ワット未満です。ムーアの法則とデナードスケーリングは終焉を迎えつつありますが、代わって、ダイスタッキング、磁気抵抗メモリ、NAND フラッシュなど、ハードウェア効率を高める新しいイノベーションが登場しています。最新のハードウェアは、同じエネルギーコストで大幅に多くのワークロードをサポートできるようになっています。3 ~ 4 年のサイクルでハードウェアを更新するたびに、ハードウェア本体とデータセンターの合計エネルギー消費量が大幅に減少し、より多くのスペースとパワーを新しいワークロードに充てられるようになります。

新しい IT ハードウェアにアップグレードした場合のカーボンベネフィットと、新しいハードウェアの製造によるエネルギーの影響を比較するのは簡単ではありません。DellHPE がそれぞれの製品(Dell の PowerEdge R730 と HPE の ProLiant DL360 Gen10)についてライフサイクル全体の影響を評価したところ、どちらも稼働段階での二酸化炭素排出量が大きな割合(83.2% と 87.4%)を占めており、ハードウェア自体はわずか 16.3% と 11.9% であることがわかりました。輸送と廃棄時についても非常に小さい割合です。しかし、再生可能エネルギーを利用してハードウェアに電力供給する場合、稼働段階での炭素はどのように考慮すべきでしょうか?たとえば、2020 年の調査によると、Facebook の Prineville データセンター(IT + データセンターインフラストラクチャ)の運用時の二酸化炭素排出量は、設備の製造時の二酸化炭素排出量(内包二酸化炭素)のほぼ 2 倍でした。ところが、再生可能エネルギーの使用を考慮すると、結果はまったく違ってきます。再生可能エネルギー由来の電力をデータセンターで使用する場合、Prineville インフラストラクチャの製造時の二酸化炭素排出量の方が運用時の排出量の 4 倍という結果になりました。結局、世界中の電力を 100% 再生可能エネルギーで賄うようになるまでは、今後も引き続き、エネルギー効率を高めることが二酸化炭素排出量削減のカギとなります。

ハードウェアのアップグレードに関するもう 1 つの考慮事項は、古いハードウェアの廃棄が環境に与える影響です。残念ながら、現在のところ、有害物質を含むこれらの機器については、責任持ってリサイクルおよび廃棄する以外によい解決方法はありません。しかし、これは IT 機器の寿命を延ばす新たな方法を生み出すよい機会だとも言えます。たとえば、サーバのディスアグリゲーション(分離)コンポーザブル アーキテクチャを取り入れ、ハードウェア コンポーネントをさらにモジュール化してアップグレード可能にする方法などが考えられます。ちなみに、私の夢はコンピューターを完全に堆肥化可能にすることです。

「ちなみに、私の夢はコンピューターを完全に堆肥化可能にすることです」– ニコラ・ペイル-モールター

 

コンピュート効率に優れたアプリケーションを設計する

サステナブル ソフトウェア エンジニアリングの新たな手法として、コンピュート効率に優れたアプリケーションが注目を集めています。これは、CPU、メモリ、ネットワーク、ストレージの使用を最小限に抑えつつ、設計、開発、コーディング、テストが可能なアプリケーションを指します。たとえば、スマートフォンのアプリケーションがその良い例です。スマートフォンは電力量が限られているため、バッテリー消費を最小限に抑えるように設計されたアプリが組み込まれています。Green Software Foundation は、コンピュート効率に優れたアプリケーションの構築へ向けたツール、コード、ライブラリ、トレーニングを研究開発するワーキンググループを設けています。また、ユーザーや開発者が十分な情報に基づいてツール、アプローチ、アーキテクチャを選択できるようにするため、Software Carbon Intensity 仕様を策定するワーキング グループも設置しています。

 

ワークロードの炭素効率を高めるための戦略

ここまでは、ワークロードのエネルギー効率を高めて炭素効率を改善する方法に焦点を当ててきました。次は、炭素強度の低い電力を利用して、ワークロードの炭素効率を改善する方法に目を向けてみましょう。ワークロードの炭素効率に寄与する要素は以下の 3 つがあります。

  1. 再生可能エネルギー由来の電力を利用するデータセンター
  2. ワークロードの配置とスケジューリング
  3. 脱炭素指向のワークロード

 

再生可能エネルギー由来の電力を利用するデータセンター

ワークロードの炭素効率を高める方法としてもっともわかりやすいのは、再生可能エネルギー由来の電力をデータセンターで使用することです。エネルギー効率と生産性の向上を実現したあと、ゼロ炭素での運用を達成するには、再生可能エネルギーを利用してワークロードに電力を供給する必要があります。今日、電源構成に占める再生可能エネルギーの比率は地域によって異なり、たとえばアイスランドでは 100%、米国では 20%、バーレーンでは 0% となっています。しかし、大規模なデータセンターを運用している多くの企業は、電力会社が化石燃料による発電から再生可能エネルギーへ移行するまで待っていられません。そのような企業は、再生可能エネルギーを自社で調達し、2030 年までに 100% 再生可能エネルギーで運用することを目標にしています。米国では、近年、企業による再生可能エネルギーの調達は電力会社からの調達を上回っています。再生可能エネルギーに対するこの民間需要は、再生可能エネルギーのコスト競争力の絶え間ない向上とも相まって世界各国でグリッドの導入を加速させ、現在では脱炭素化のペースがもっとも速いセクターの 1 つとなっています。自分たちの業界が環境に与えている影響を踏まえ、多くのパブリッククラウドプロバイダーは、2030 年までに事業運営の電力を 100% 再生可能エネルギー由来に切り換えることを目指しています。事実、今年の初めに VMware は、Zero Carbon Committed と呼ぶイニシアティブを開始しました。その目的は、サプライチェーンのサステナビリティ目標を達成するために低炭素のパブリッククラウドプロバイダーを探しているお客様と、2030 年に向けてゼロ炭素クラウドに取り組んでいる VMware のクラウド プロバイダーパートナーをつなぐことです。現在までに、23 社のプロバイダーが Zero Carbon Committed に参加しています。

 

ワークロードの配置とスケジューリング

データセンターほどわかりやすいものではありませんが、ワークロードの配置とスケジュールの調整(いつ、どこでワークロードを実行するか)もワークロードの炭素効率の要素の一つです。電力の炭素強度を最適化要因としてワークロード管理に取り入れることは、システムの二酸化炭素排出量を大幅に削減できる可能性があります。データセンターのワークロードに供給される電力の特性の 1 つに炭素強度があります。これは、グリッド内のすべての発電施設が発電時に排出する二酸化炭素の加重平均です。二酸化炭素排出量は発電施設によって異なります。風力、太陽光、水力、原子力で発電する場合はほぼゼロですが、石炭や天然ガスで発電する場合は炭素強度が非常に大きくなります(500 kg CO2/MWh など)。ローカルグリッドに電力を供給する各種発電方法の組み合わせと発電量はそのときどきで異なります。したがって、グリッドの炭素強度は経時的に変化します。

遅延の影響を受けにくいワークロードや地理的制約のないワークロードであれば、もっともクリーンな電力を供給できる場所と時間帯に合わせて、実行場所と実行時間を決定できます。たとえば、管理システムによってワークロードの実行を遅らせたり、別のデータセンターで実行したりすることができます。決して現実離れしたアイデアではありません。再生可能エネルギーおよび低炭素電力の比率は、2019 年時点で、全世界の発電量のほぼ 55% に達しています。全体として、ワークロードの配置とスケジューリングは、炭素強度の大きい電力に対する需要の削減に役立ちます。長期的には、データセンターのワークロードの電力需要を管理し、電力の需要と供給のバランスを適切に維持することで、電力グリッドの経済性と安定性も向上します。

 

脱炭素指向のワークロード

ワークロードの配置と実行スケジュールを調整して、システムの二酸化炭素排出量を最適化するには、それらのワークロードのサービス品質要件(遅延許容度、地理的制約、ミッションクリティカル度など)を管理システムに通知する必要があります。これにより、管理システムは、実行スケジュールや配置に融通が利くワークロードを特定し、優先順位を付けることができます。Green Software Foundation には、脱炭素指向アプリケーション向け SDK の開発に取り組むワーキンググループがあります。

来たるべき低炭素社会に向けてゼロカーボンクラウドを実現するには、いくつかの道筋があります。クラウドインフラストラクチャを最大限に有効利用するためのイノベーションは、経済と環境に多大なメリットをもたらします。もっともクリーンなエネルギーを使用するようにワークロードを管理することは、グリッドの安定性と電力の低コスト化につながります。これらのイノベーションのなかには、既存の能力を活用できるものもあります。その他の実現方法については、負荷の急増時にオンデマンド キャパシティを提供するためのハイブリッドクラウドバーストなど、革新的な機能の成熟化や普及が必要です。VMware は、マルチクラウドソリューションプロバイダーとして、こうした方法を適切に導入できるよう企業、投資家、行政機関を支援しています。このブログシリーズの最終回では、サステナビリティの促進に向けた VMware 発のイノベーションをご紹介します。ご期待ください。

 

ニコラ・ペイル-モールター博士

二コラは VMware Office of the CTO のサステナビリティイノベーションディレクターです。製品チームおよび R&D チームと連携しながら、お客様と VMware がサステナビリティの目標に向かって前進できるよう、製品と運用の効率性向上に取り組んでいます。